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タイトル:
「貝の城」
ペンネーム:
青山夏子
あらすじ:
外資系企業で働くOL怜香は、男勝りなキャリアウーマン。
仕事も恋愛も充実していたが、どこか寂しい空虚感を抱えていた。
病気をわずらった彼女は癒やしの不思議な場所に滞在し休養をとることになる。
そしてその先である男性とに出会う。
彼女に本当に必要だったものは?
2011年9月12日 - 19:40
プレリュード

指のピンクベージュのネイルがツヤツヤと光っていた。

雫のついたグラスは抱えられ、喉には冷たいミネラルウォーターが落とされた。






「どうしたの?表情が暗いわよ?気分でも悪いの?」


心配した優美が、潤んだ瞳でこちらを見ていた。




「あ、ううん。何でもないの。


ただ、このノクターンって曲、うちの父親が好きな曲だったの。」




優美も表情を少し落とした。






「そうだったのね‥。

体調が悪いのかと思ったわ。今でも辛いのね。」









少し慌てて怜香は言葉を走らせた。

「あ、ううん、気にしないで。

今は何でもないんだけど、ちょっと思い出しちゃっただけなの。









優美は、優しく笑って言った。


「でもね、今も怜香に思ってもらえて、きっと、お父様も喜んでいるわ。」








「そうね。

私も今はあんな素晴らしい父の娘として誇らしいの。

でも、やっぱり、今でも生きてたら、父の前で、この曲を美しく弾いて聴かせることができるのに‥ってたまに思うの。」


「怜香‥。」





「ごめんなさい、こんな雰囲気になってしまって…。



ショパンってね、男性にしてはあまり手が大きくないの。
だからほら、私くらいな手をしていてね、指もそんなに太くないわ。」



「そうなの。女性みたいな手をしていたのね。。」





話を切り替える為にショパンの話をしたつもりだったが、声は寂しさに満ちていた。


そのせいか2人とも無言の間を埋めることが出来ず視線を逸らしていた。





怜香は優美の同情に似た心配そうな視線に耐えられないと同時に、少し苛立った。


誰にも自分の気持ちはわからないだろう。







きっと優美は自分のことを思って言葉をかけてくれている。

わかってはいるけれど、慰めの言葉を聞くたびに、何もわかってないような心無い言葉にしか思えなくて、少し卑屈な気持ちになった。






けれど、優美はそんな自覚もなければ怜香のそんな卑屈さにも気付いてないだろう。





大切な友人なのに、見えない壁を作ってしまう。

そんな自分の矛盾に苛立ちもあったのかもしれない。







店内でのピアノの曲が切り替わる中、プレリュード第15番「雨だれ」が流れていた。


曲と同じく気持ちの行き場を失っていくようだった。






しとしと心に降る雨は、寂しい気持ちと大好きな父への思いから来る言葉にできない感情の涙だった。。



当然のように、

もう降り止まないかのように、

しとしと降る雨に心が冷たくなっていった。









足早にウェイトレスが近づいてくる。

前菜が運ばれてきたようだ。


パレットのようなお皿に色とりどりの料理がのっている。


野菜中心とし、魚介類や生ハムをアクセントに小分けされた料理がいくつかのっていた。

彩り豊かな色彩に二人は目を奪われ、




「わ〜美味しそう!!」




と同時に言葉を発し微笑み合った。






それからは、重い空気も消し去り、ガールズトークに花を咲かせ、仕事のこと、人間関係、最近のファッションに美容、会話は途切れることなく恋愛の話までにいたった。




「ねぇ…、最近、恋してる? 」

2011年7月25日 - 15:58
「貝の城」第二話( 夜想曲)

ショパンのノクターンの中でも、最も広く知られる曲。


ノクターン第2番変ホ長調op.9-2.は、いきなり有名なメロディーから始まる。


始めの出だしが重要だ。




一息つき、集中力を高め♭シから音を繋いでいく。そして、控えめに左手が波のように三拍子を刻むのである。






怜香がこの曲を発表会で弾いたのは小学5年生の夏の頃だった。

この頃から負けん気が強く周りの男の子とケンカをしたりの少女時代であったが、少年時代と言い換えて良いほどの子供時代であった。




しかしそんな少女も、ピアノを弾けるだけで、自分を見る周囲の目がまるで違うので、一生懸命練習していた。



一生懸命だったのには、もう一つ理由があった。



父親が関係している。





幼い頃から少年のような少女は父親の右隣を常に確保していた。
いつもベッタリ張り付くように。

快楽主義なのは、父親に似たのかもしれない。

とにかく父が大好きで怜香は子どもながら父と結婚したいと意欲を燃やしていたほどであった。



いつも右隣は自分でなければ許せなかったのだ。





「怜香、あの曲を弾いてくれないかい?お父さんはあの曲が大好きなんだ。」

休日の昼間、新聞を読みながらコーヒーブレイクをしていた父は怜香に言った。



面倒くさそうに切り返した。


「えーまた?もうこの曲、飽きたぁー!


他にもたくさん練習してるのよ?


出だしだけだけど、幻想即興曲も‥ほらね?」


父には言いたい放題で、ワガママな娘だった。




「他にもやってるの、ええっと、モーツァルトのこの曲も!


簡単に聴こえるけど、これすごく難しいって先生が言ってたのよ。」





間違えながらも、一定のテンポを崩すことなく、全部弾いて見せた。





時に強引な弾き方をしたり、外れて違う曲になったり‥



一通りの暴挙をピアノの上にさらけ出し、娘は《どうだ》と言う顔で父親を見た。



そんな強気な態度は一体誰に似たのか‥と父親は笑って言った。








「いいかい?怜香が弾くノクターンが一番好きなんだ。キラキラした音で、あの曲をとっても綺麗に弾いている。


お父さんはあの音色を聴いてピアノは宝石箱なんじゃないかって思ったんだ。

ほらピアノは確かに蓋もついているしね。


音の一つ一つがパールだったりダイアモンドのように輝き散りばめられている。



これは怜香じゃなきゃできないことかもしれないな。


きっと怜香の指は特別なんだよ。お姫様の指は次は何の音を宝石に変えるのかな?」



怜香は目を輝かせた。






誉めてもらえば上機嫌の単純なお姫様だった。


押しつけるでもない、否定することもない優しい父の誘導で♭シの鍵盤に素直に指を落とす。





純粋な感性が音となって部屋の空気を揺らしていた。








怜香は子どもながら、上手に旋律を歌い時に悩ましい空気も醸し出す、ピアノで歌うのが上手なタイプの弾き手であった。



しかし、子供の手では弾きづらいこの曲は、ところどころ音がカットされていた。左手のさざ波は一向にさざ波あった。








父に美しい波を持つショパンを聴かせるために、怜香は自分の小さな手が早く成長することを願っていた。



あれから十数年の月日が経つ。



大人の女性へと成長し今、お姫様の手の大きさはショパンとほぼ同じ大きさだった。

2011年7月17日 - 10:52
「貝の城」第一話( 乾いた砂浜)

眩しい‥


目の中に残像が残るほど太陽が大地を白く照りつけていた。





昼食は気分転換に会社の外で食べることにした。


少しミーハーな怜香は、あらかじめ目星をつけていたテレビの特集で出ていた会社の近くのカフェレストランでランチすることに決めていた。



同僚でよき友人の優美は怜香のその提案を快く受け入れた。





雨宮怜香は外資系の会社に務めて3年目、スラッとした体型に綺麗な顔立ちだったが、強気な性格もあって同僚の男性からは煙たがられることもある。
しかし、努力家で要領よく仕事をこなすので、上司の厚い信頼も得ていた。



一方、友人の有坂優美は同じ会社に同期で入社したが部署が違う。
彼女は会社の受付嬢で可愛い容姿に加えグラマラスな胸で男性の心を鷲掴みにしている。
それに加え柔らかい物腰で男性からの誘いが耐えない。


優美を見て、自分が男だったらこんな女性とつき合いたいと思うだろうと、心から頷いていた。優美は優しい性格に加え、怜香の頭の回転の早さにもついてきてくれる気のきく女性だった。

淡いピンク色の胸元が少し開いたシフォン素材のワンピースがよく似合っていた。

丸襟にヒラヒラとした襟が、温かい風になびくのをパールとクリスタルのネックレスが優しく押さえていた。





怜香は大抵パンツルックで、その日も白い七分丈のパンツを履いていた。
白いラインが通るネイビーの薄手のジャケットとボーダーのインナーを合わせマリン系の碇のチャームがついたベルトや赤いペンダントで全体をまとめていた。








端から見てどうしてこの2人が仲良くなるのかと思われるだろうが、二人は似てないようで似ていた。


二人とも快楽主義という点が似ており

今を楽しく生きる

が二人の生きるテーマだった。

そして無駄なことはしたくない合理的なとこも似ていた。



マイペースであることでお互いのマイペースさを理解し合いお互いを認め合っていた。






だが、怜香は少し将来に不安を抱え、漠然とこのままでいいのだろうかと心配するときもあった。







優美を見ているとそんな心配は微塵もしていないが、上手くやっているしこれからも上手くやっていくだろうと思える。


そう思うと、自分は余計な心配をしているのだろうと思ったが、それでもやっぱり不安は拭いきれなかった。



怜香は感じていたのだ。今の立ち位置では未来の自分は満足しないだろうと。




勝ち気な性格ではあるが、それは今の自分に満足できないことから来る貪欲さゆえのアクションであったり、もちろんこのままで終わりたくない向上心であったりするのかもしれない。



ただ、頑張っても頑張ってもゴールが見えない空虚感を覚えていた。


理想が高すぎるのか?自分の力が足りないのか?

それさえわからず、ただ空虚感を抱えていた。



時折、その空虚感が心に乾きを与え、寂しさがその中に染み込んでくるようだった。











「ねぇ、怜香、今度ファミリーセールあるけど一緒に行かない?」



甘ったるい声で、優美が誘ってきた。




お洒落なブティックが立ち並ぶ銀座を横目に、二人のカフェレストランへ行く足取りは軽やかだ。








「ええ、いいわね。もう、この時期にセールしてるの?最近は、洋服の入れ替わりが早いわね。ちなみに、どこのお店かしら?」


6月の梅雨の時だったが、この日は浮き足立つような青空の綺麗な日だった。




「スマイデルとアーシェリーの合同ファミリーセール。
スマイデルは可愛い系だけどアーシェリーは、綺麗めCOOLな洋服も多いし怜香の気に入るものもあると思うんだけど‥」





怜香の表情を見て行くだろうと察っした優美は、すかさず携帯を取り出してスケジュールを確認しようとしていた。






案の定、

「うん、もちろん行くわ!アーシェリーは最近、気に入っているお店だしスマイデルもわりと好きよ。」





怜香は思っていることが顔に出やすい。





「じゃ、決まりね!日程を決めてもいいかしら。日程的に空いてるのは‥」








ランチを一緒にするチャンスが少ない二人は、気温が上昇する街の中で気分も上昇させていた。


ご飯は1人で食べるより誰かと食べる方が断然いい。


だけど、男性よりも気兼ねなく過ごせる女友達だと一段と開放感があるのだ。








店内は混んでいた。




早い時間帯であったこともあり、少しの待ち時間で店内へ入ることが出来た。






そのレストランは、料理はフレンチ系のお店なのだが、安いとは言えないけれど、値段はお手頃で店内でランチタイムに三度演奏がある。



メニューを開くと演奏が聞こえてきた。



夏の暑い日に潤いの雫を落とすようなショパンの音色だった。



ヴァイオリンやビオラの弦楽器や、サックスでジャズミュージックを演奏する日もあるが、今日はピアノクラシックのようだ。




かつて怜香も大学に入るまでピアノをしていた。ピアニストを夢見た日もあった。







流れてくる音色はショパンのノクターンだ。


この店の選曲は、ほとんど無難なチョイスみたいだ。



しかし、繊細で少し寂しい音色が怜香の心の透き間を震わせるようだった。


そして、あの日が頭を掠めていた。

2011年7月13日 - 11:00
「貝の城」プロローグ

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白い砂浜でサラサラの砂をサンダルの中に抱えながら歩く。

太陽のエネルギーを感じながら

日焼けも気にしない。

風でヘアスタイルが乱れても

頬に触れてくる潮風が愛しい。

青い海を見ながら砂浜を歩く。

何も気にしない、自然なまま。

人類の始まりが海の生物だというのは真実だと思う。

波の音が鼓動と同調していくから‥‥‥

カラカラの大地では心が渇いて不必要な欲が蠢く。

あれもこれも手に入れなきゃいけない気がしてた。

全てが欲しくてたまらなかった。

手に入れても満たされないものばかりだったのに。

ずっとずっと渇いた大地で息を切らしていた。

カラカラの大地でずっとずっと。

でもね、

あなたは私に与えてくれた。

雷を落とし激しいスコールで

時に優しい雨でオアシスを。

海を泳ぐ魚達のように

私は今きらめく海を泳ぐ。

眩しい砂浜も

照りつける太陽も

吹き付ける風も気にせずに歩くことができるんだ。

そこで私が手に入れたものは

小さな貝殻だった。

だけど

どうしてだろう?

心が満ちてく。。

ずっと手にしたかった気がする

この満たされる感覚。。。





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