小日向健一。63歳。
三年前に、大学を卒業して以来ずっと勤めてきた会社を定年退職。
今は再雇用制度を利用し、若手社員の教育係という立場のもと、職場に復帰。
収入は以前よりグッと少なくなったものの、妻との二人暮らしには、今のところ何不自由ない。

一人娘の恵美は、数年前に大学を卒業し、そこそこ名の知れた企業に就職。
今は実家を離れ、一人暮らしをしている。

サラリーマン時代は仕事第一人間だった健一。
家庭を顧みない彼のスタンスに、時折、妻と娘は反発することもあったが、「それもこれもすべてはお前たちのため」…と家族と自分に言い聞かせてきた。
健一自身、そんな昔の生活に満足こそしていなかったが、決して後悔もしていなかった。
それがあって、娘も無事一人前に育て上げ、不景気の昨今、こうしてそれなりの生活を送ることができているのだから。

そんな健一にとって、今の楽しみと言えば、第二の新婚生活とでもいうべき妻との水入らずの生活。
そして楽しみな反面、気がかりでもあるのが、娘の結婚と、まだ見ぬ孫の顏である。

今から話すことは、そんな健一の身に降りかかった、ある数奇な一日の物語である。

それは、あまりにも突然の出来事だった。