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タイトル:
「父の数奇な一日」
ペンネーム:
カイツ・バッハ
あらすじ:
世の中に様々存在する恋愛のカタチ。
毎話、“笑える恋愛”をテーマにしたストーリーを掲載します。
今回お送りする物語のテーマは「結婚の申し込み」。
「娘さんをください!」と申しこまれた父の身に降りかかる、あるおかしな出来事とは!?
2011年7月14日 - 11:30
「父の数奇な一日」第2話

今日は日曜日である。
いつもの日曜日ならば、しがない勤め人のささやかな贅沢と称して昼前に起床するのが楽しみなのだが、今日は体が勝手に目覚めてしまった。

一昨日の晩のことである。

夕飯を食べ終え、私は一人リビングでプロ野球の中継を見ていると、突然、家の電話が鳴り響いた。
きょうび、家にかかる電話のうち、そのほとんどはまるで興味のわかない勧誘モノである。
だとするならば出たくない。典型的な日本人体質である私は、どのタイミングで電話を切っていいかわからないのだ。
そういえば、業者連中は一体どうやって個人の自宅の電話番号を調べてくるのだろうか。
というか、個人宅の番号を調べられるなら、今の時代、携帯電話にかけたほうがよっぽど効率的なのではないだろうか…。

テレビの前を横切り、受話器を手にするまでの間、ふとそんなことを考えた。

「はい、小日向ですが…」

「あ、もしもし。お父さん?恵美だけど。」

声の主は娘であった。
娘から電話がかかるなんて珍しい。

「どうした?生活に困ってお金が欲しくなったのか?それとも悪い男に引っかかって、お金が必要になったのか?」

久々に聞く娘の声に気分が高揚し、ついくだらない冗談が口をついて出る。

「あのね、次の日曜日、何してる?家にいるよね?」
完全にスルーをきめる娘。そして、日曜日は暇であることを勝手に決めつける娘。

「いるけど…なんだ?」

「ちょっと紹介したい人がいるの…」
青天の霹靂。まさかの娘の発言に、高まる私の心拍数。

「あぁそう。で、何時ごろに来るつもりでいるんだ?」
緊張を悟られないようにあえてそっけなくふるまう私。
そして、別段予定も入っていないくせに、なんとなく“俺も忙しいんだぞ”アピールをしてみる私。

「そうね…お昼過ぎ。たぶん一時過ぎには行けるかな。お母さんにも伝えといてね。」

「わかった。それじゃあ…」

「ちょっと!せっかく娘が久々に電話したのに、なにそのサムいノリ。一応言っておくけど、日曜日、だらしない恰好はやめてよ?恥かくのは私なんだから。あ、父の日に送ったポロシャツあるでしょ?とりあえずそれ着といてもらえれば大丈夫だから。」

「あの赤と白のポロシャツのことか?人様の前であれ斬るのは恥ずかしいよ。それと、なんだいあのマークは。赤と白のポロシャツにあんな葉っぱの輪っかのマークなんて、まるでクリスマスみたいじゃないか。」

「あのね…あれはフレッドペリーって言って、そこそこ有名なやつなの。高かったんだから。いいからあれ着てればいいの!」

「わかったわかった。じゃあ、切るぞ。」
といって、娘に私の緊張が伝わる前に電話を切った私。
恥ずかしながら、わき汗びっしょりの私。
とりあえず、私の狼狽は隠し通せたと思う。

受話器を置いた私を、キッチンから皿洗いをしつつ妻が見ている。

「母さん、今度の日曜日、恵美が男を連れてくるようだ。」

「あらそう。」

「あらそう、って、そんな反応はないだろ?恵美の男だぞ?」

「だって、私は知ってるもの。恵美に彼氏がいること。」

「なぜそれを教えてくれなかった!?」

「話したわよ。ただ、あなたはいつも私の話は片耳で聞くだけで、しかもそのまま反対の耳に流すじゃない。」

ぐうの音も出ない私。知らないのは私だけだった。
「とにかく、日曜日、彼氏が来るそうだから粗相のないように頼むぞ。」

「はいはい。」

「はいは一回でいい!」
妻に恥をかかされ、つい語気が強くなってしまった。
そういえば、こうしたことが原因で、今まで何度か夫婦喧嘩をしたことがある。
仕事のストレスを家に持ち帰り、つい、妻にあたってしまっていたのだ。
これは夫を支える妻の務めと、当時は思っていた。
今は定年を迎え、妻と過ごす時間が多くなり、主婦は主婦で毎日忙しいのだなぁとわかるにつれ、その時のことを反省する。

「あなたこそ、日曜日、そんな大汗かくようなみっともない真似しないでよ。一度しみついた汗のにおいはなかなか落ちないんだから、特に中年を過ぎると。それと、白と赤のポロシャツ着るんでしょ?それなら一番上の引き出しにしまってあるから。」

女性が最後に発するとどめの一言は強い。
女性は観察力と推理力が鋭い。
そして、年を追うごとに、女性は強さを増すようである。

ちっ、巨人も今日は調子が悪い。
テレビを見る気も失せたので、汗のにおいが服に移る前に風呂に入ることにしよう。

それから二日間、私は、今日が近づくにつれ、年甲斐もなく緊張が増していった。

昨日は散髪に行った。その帰りに、ユニクロへ立ち寄り、白と赤のポロシャツに合わせるべく、ちょっと細身のチノパンを購入した。
これで準備は万全だ。

リビングのソファで手持無沙汰に時間が来るのを待ちわびている私をしり目に、妻は涼しい顔でお茶菓子の準備をしている。

間もなく午後一時。

ピンポーン。
呼び鈴の音とともに娘の声がする。
「ただいまー」
続けて、初めて聞く若い男の声がする。
「こんにちはー、お邪魔します。」

いよいよ、この時が来た。

小日向健一、63歳。
還暦を迎え、かつてなき程に心拍数の上がる時間が、幕を開けた。

2011年7月13日 - 18:30
「父の数奇な一日」第1話

小日向健一。63歳。
三年前に、大学を卒業して以来ずっと勤めてきた会社を定年退職。
今は再雇用制度を利用し、若手社員の教育係という立場のもと、職場に復帰。
収入は以前よりグッと少なくなったものの、妻との二人暮らしには、今のところ何不自由ない。

一人娘の恵美は、数年前に大学を卒業し、そこそこ名の知れた企業に就職。
今は実家を離れ、一人暮らしをしている。

サラリーマン時代は仕事第一人間だった健一。
家庭を顧みない彼のスタンスに、時折、妻と娘は反発することもあったが、「それもこれもすべてはお前たちのため」…と家族と自分に言い聞かせてきた。
健一自身、そんな昔の生活に満足こそしていなかったが、決して後悔もしていなかった。
それがあって、娘も無事一人前に育て上げ、不景気の昨今、こうしてそれなりの生活を送ることができているのだから。

そんな健一にとって、今の楽しみと言えば、第二の新婚生活とでもいうべき妻との水入らずの生活。
そして楽しみな反面、気がかりでもあるのが、娘の結婚と、まだ見ぬ孫の顏である。

今から話すことは、そんな健一の身に降りかかった、ある数奇な一日の物語である。

それは、あまりにも突然の出来事だった。





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